戻れない日常がいい
崩して進むまでの価値観はない
安全圏で自分を愛して生きていたいのに
生きるとはそういうことじゃない
抱きしめて締め付けるような愛し方で
千切れる前に崩すことだ
今日も独り動悸を撫で付ける
仮面を被った少女
絶望の雨が降り続ける散々な日々
変わらない毎日
そんな中で思うこと
「あたしって何だっけ」
あなたがいなくなった夜は、さらさらと雪が落ちていた。
それは徐々に増えていき、私の前に幕を下ろした。
しばらくして、雪がふわりと舞うようになった。
あなたはもう、そこにはいなかった。
溜息をひとつ、雪が飛ぶ。
冷たい空気を思いきり吸って、吐いた。
雪は私の温度で溶けただろうか。
暗闇の中。
針の音があなたを急かす。
「はやく未来(あした)に進みなさい」と。
あなたはそれどころではなかった。
決して掴めない何かに囲まれ、抜け出せずにいた。
暗闇で見るには強すぎる光源に、救いを探す。
ふと悲しい歌声に出会う。
それは人ではなかった。
決して明るくもなかった。
しかしその歌声は、あなたの後ろに腰掛けた。
背中に感じる、あたたかさ。
とん、とん、
と、雫は溢れ出す。
とん、ととん、
とん、とととん、
それは暗闇の底の音だったが、
同時にあなたの足音だった。
人ではないあの子の歌声が、
あなたに少しだけ、歩く力を与えた。
もう大丈夫なんて言わない。
またおいで。
あの子はいつでも何度でも、
寸分違わぬ歌声で、あなたにぬくもりを与えてくれるのだから。
折っちゃダメ
園児にそう教える保育士さん
「ほら、桜が泣いてるよ」
真剣なトーンでそう園児に言っている辺りさすがはプロだと思った。
でも僕は常々思う、なぜ擬人化するのかと
そんなことをするから相手の立場になる方法を誤るようになるのではないか
擬人化は優しさを知る上で大切かもしれない、でも同時に自分に分からないことを理解できなくなる
もし痛みを知らない子がいたらどうだろう
今見えてる景色の方がよっぽど平等だ
『桜は木に咲き乱れる姿が美しい』
と教える方が美術的感性も養えるのではないか
そう考えると教育というのはいくつもの崖があるように感じる
1本の桜の木はここまでの思考の余地を与えてくれる
春が来て 漂う香りに 誘われて
見つけた桜は ぺぇ教頭だ!❤
(説明)
今日YouTubeでぺぇ教頭が香水など香りに力を入れていることを知りました。そこで春の訪れで、桜や梅の香りがするなか、その香りを辿っていくと、そこには桜ではなく、ぺぇ教頭が!そんな感動の出会いを短歌にしてみました。
ぺぇ教頭好きです!いつか逆電してみたいです!